路の巻

冴える冬の夜。
清閑な都会の暗がりに、団地の灯が規則正しく並んでいる。
澄んだ空気の中、はっきりとした青白い輪郭が、その距離感を奪っていく。
あの灯、ひとつひとつに家族があり、そこにドラマがあるのだと考えると
なんとも言いようのない感慨が胸を走っていく。

盈満な人生とは程遠く、まして独り身のこの菲薄な日々に目を向けると
時折、他人の幸せが鋭い刃物のように心を突き刺してくるのだ。

地位も名誉も人望もなく、おまけに金もなし。
どこで道を間違えたのか、自分でもさっぱりわからぬ。
保育園、幼稚園、小学校、高校と、みなと同じように生活してきたはずだ。
同じように通学して、同じように授業を聞いていたはずなのに
いつしかあいつはエリート、我は根なし草の木偶の坊。
なぜだ。

そりゃあ、幼少の頃にしっかりと勉学に励んでいたかどうかが問題だろうが、
あいにく勉強は嫌いだったし、カルトじみた教育を受けた記憶もない。
そもそも、親や教師の教育方法など関係なかったようにも思う。
勉強しろと言われれば反抗し、言われなければとことんやらない。
本来、どこかで危機意識が働き、真っ当な社会人に向けて方向転換するものだろうが、
私の場合はそのまま我が道を進んでしまった。
後ろを振り返れば誰もおらず、気づいたときには
全く知らない場所を歩いている状況であった。

人生とは開拓。
道を作るというのは、単なる軌跡にすぎない。
ほかの誰かに歩いてもらう気など毛頭ないし、誰かのために道を作るわけでもない。
ただ、どうせいつか死ぬなら、自分だけの道を歩きたいものである。


ウッシー
 謹賀新年の巻

謹賀新年。
殊更に挨拶したところで、コイツは正月早々コラムを書くほど暇人なのかと思われるのも癪ではある。
まぁ事実、暇なのだが。

 

ここ数年、周りの友人知人が段々と結婚しだしたのを皮切りに、
年末年始は自宅で大人しく過ごすようにしている。
朝までドンチャン騒ぎをするような歳でもないし、
食事に誘ってみても「家族と過ごすから」なんて言われて
妙な罪悪感と閉塞感に苛まれながら年末を過ごすのは御免だ。

暇といえば暇だが、これこそが贅沢な時間なのだろうと実感する。
予定も何ひとつ入れず、しばらく時間を好きなように使えるのだから、
これ以上に幸せなことはない。

 

休みの日でも普段より早起きして遊ぶタイプだし、
まったく予定のない一日というのは、一年を通して実は少ない。
だからあまりにも暇だと「どこか遊びに行かなければ」と
妙な強迫観念に迫られるのだが
年末年始に限っては、とことん暇を持て余そうという次第である。

 

下らないテレビ番組も、見飽きた映画も読み飽きた小説も、
心なしか早春の麗しい気配と相まって、私の胸の奥をすっと撫でるように
退屈さを紛らわせてくれる。

しかし、この長い休みが終わっていく虚無感というのが頭の片隅にずっとあって
夏休み終盤の学生のように、どこか落ち着かず、
変な焦りを感じながら幾許もない新年の夜を静かに過ごしているのだ。

 

結局、実家へ帰省することはなかった。
正月だからと、変に畏まって息子面するのも気が引ける。
お年玉をくれるなら話は別だが、そんなこと言おうものなら蹴り出されそうだし、
寧ろこっちがせがまれそうで油断できない。

この歳ならば、それなりの金額を渡して
「のんびり温泉旅行でも行ってこい」と親孝行の一つでもするべきなのだろうが
生憎、そんな金も心も持ち合わせるほど人間できていない。

 

さて、日常生活に戻ってしまう前に
もうしばらくこの気鬱な休日を味わうとしよう。


ウッシー
 小舟の巻

陽の落ちる早さ、一日の過ぎゆく早さに迫られて
これではあっという間に歳を食って耄碌してしまいそうだと不安に駆られる。


無辺の暗闇にぼんやり浮かぶ蝋燭の燈が、段々と、そして着実にその揺らめきを落としているのは間違いない。
明るみは変わらずとも、もうほんの僅かな時を迎えれば、確実にそれは闇に飲まれてゆく。


人生など、蝋燭のようなものだ。
轟々と燃えていても、微風のひとつで簡単に消えてしまう。

人生が楽しいからこそ、それがいつか終わってしまう虚しさというのがある。
それが50年後かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。
そんなこと、誰も知るよしがない。


ただ、いつまでも続くと思っていたこの人生に、不確かな終焉が見えはじめたことは確かだ。
別に、病気になったとか、そういうことではない。
単純に、これまで無縁だった死生観が、年齢とともにその姿をちらつかせるようになった。
たかだか30過ぎの青二才のくせに、こんな甲斐無い心境に左右されるなど滑稽ではあるが。

 

何となく、これからの人生について、舵をとる方向が分かってきたように思う。
ただ風に押されるがまま進んでいた一艘の小舟が、今自らの意思を持って大海を進んでいる。
立派な社会人からすれば「今更か」と笑われるだろうが、
高卒の出来損ないがこの歳で気付けたのだから幸運である。

 

墨を突いて社会のはみ出し者となり、果ては行雲流水のごとく奔放に彷徨ってきた我が人生。
にっちもさっちもいかない時もあったが、まぁ不思議と何とかなるものだ。


ウッシー
 生存の巻

大丈夫、私はこうして生きている。
SNSの類もやっていないため、直接会っている人間以外は私の生存確認などできないであろう。
まぁ、本来はそんなものだ。
能動的にコミュニケーションを取らねば、人間の関わりなど脆い。
大袈裟かもしれんが、こうして人は疎遠になってゆくのかと、妙な儚さを覚える。

 

私はというと、近頃はもはや釣り人と呼べるほどに、釣り道具を車に積んでは縦横無尽に走り回っている。
琵琶湖、淀川には毎週末通っている始末。
ついには、なけなしの金を叩いてカヤックを購入し、少年時代から憧れていたカヤックフィッシングに没頭しているのだ。
大自然の中、鏡面のように煌めく湖にプカプカと浮かび、コーヒーとタバコを嗜みつつ、 釣り糸を垂れる。

 

あぁ、なんと素晴らしい響きなのだ。
文字に起こしただけでも、男心がくすぐられる。
そんなこんなで、近頃は釣り関係の人間しか顔を合わせていないような気もするため
これじゃいかんと思いながらも、この充実したフィッシングライフを静かに満喫しておるわけである。

 

ガキの頃の私が見たらさぞ驚くことだろう。
釣りもスケートボードもバンドもバイクもその他諸々、まだやっているのかと。
おまけに大人になるにつれ増えてきた趣味の数々が、私の経済を圧迫してゆく。
睡眠も身銭も削って、生き急ぐように遊び呆けている私は
一体何を目指しているのだろうか。

 

ところが周りを見渡してみれば、そんな私よりもなお充実した人生を送ってらっしゃる諸先輩方がたくさんいるのである。
それも30,40ではない。
世間では初老と呼ばれる男たちが、子どものように目を輝かせて遊んでいる。
これは本当に素晴らしいことだ。
それと同時に、今の若者の大部分が大人しくあることに悲しくもある。
不良がいない。
ワルそうな格好してるのは多いが、不良がいない。
一体何をしているのだ。
一度しかない人生、遊ばねば意味がない。
寝る間を惜しんででも遊ぶべし。


ウッシー
 富豪の巻

よくテレビなんかで、大富豪や会社社長が大きく散財しているのを見て
「あんなに贅沢しやがって!ムキー!」と僻んでしまう人も多いだろうが
ハッキリ言って世の中の一定数以上の大富豪には、
もう一ケタも二ケタも多く、ガンガン散財してもらわねば困る。

 

たとえば年収10億の富豪が、一度の晩飯に10万使ったなんて聞くと
とんでもない贅沢のように感じてしまうが、
年収500万のサラリーマンに換算すれば、晩飯に200円しか使っていないのと同じである。
年収200万のフリーターが風俗で2万使う方がケタ違いに贅沢をしているではないか。

 

とにかく、何度も口酸っぱく言っているように
金を使わない金持ちが一番の害だ。
これは僻みでも妬みでも何でもな い。
稼いだからには使ってもらわねば採算が合わない。


私も含め、低所得者が躍起になって消費したところで、
世の中に回る金など高が知れているのだから。

富の一極集中する東京だけではなく、
各地の地方自治体が少しでも潤うほどの消費がなければ
格差縮小などさらさら夢物語である。


ウッシー
 時代の巻
いつしか、えらく生き辛い世の中になってしまった。
着実にすべてが便利になったものの、その利便性の代償は大きく、
どこか腑抜けた社会性が幅を利かしている。

私の少年時代は、まだまだ昭和の暮らしが色濃く残り、
金はなくとも人々が手を取りあい、日々を逞しく過ごしていた。
山間の名もなき集落のような田舎町ではあったが
子どもたちはみな活気に溢れ、里山を走り回っては、まっすぐ青春の真っただ中を生きていたものだ。
突如、彗星のごとく現れたファミコンのおかげで、
一時、町から忽然と少年たちが姿を消したこともあったが
それでも尚、私たちは飽きることなく夜の暗くなるまで泥にまみれて遊んでいた。

便利な時代ゆえに、人々は無駄を省きたがる。
やっても意味がないことは誰だってやりたがらない。
他に簡単な方法があるなら、わざわざ面倒なことはやらない。
そりゃそうだ。
しかし、何でもかんでも効率ばかり優先していたら面白くない。
昔の人間はそのバランスが上手かった。

携帯はなく、連絡は専ら自宅の電話であった。
ただ好きな子の声を聞きたいだけなのに、必然的に相手の親を仲介しなければならなかった。
だからみんな「何時頃に電話するから出てほしい」と事前に打ち合わせをしては
ひっそりと愛を確かめ合ったものだ。

だが、いかんせん小さい町だ。
当人たちはひっそりと言葉を交わしているつもりでも親たちはもちろん遠に顔見知りであって、
私たちの秘密の慕情はもろもろ筒抜けで ある。
そんなことは知る由もなく、純情な少年たちはそのはち切れんばかりの尋思を
夜が更けるまでしつこく語り合った。
しかし大抵は向こうの親御さんが堪忍袋の緒を切らし、ついには
「長電話禁止令」を我が子に叩きつけるのである。

無論、それは私たち男子に向けた親からのメッセージでもあって
いかに相手の親を手中に入れるかが勝負であった。
ポケベル、携帯が普及するまでは、本当にみな頭を悩ませたのだ。

今思えば、そういったやりとりは世渡りの縮図のようなもので、
携帯のなかった世代は随分と鍛えられたのではないだろうか。

昔は、恋愛ひとつでも面倒なことが多かった。
だが、それが面白かった。
そもそも、本当の意味で無駄を省くというならば
世 の中99%が無駄である。
生きることさえ無駄な気がする。

あえて陳腐な生き方をすることで
無駄を楽しめることもあるのではないか。

ウッシー
 緩慢の巻
私としたことが、あまりにも放置しすぎてしまった。
もう読者など一人もいないのではないか。
継続とはまことに難しいものだ。
こんな、ブロガーの風上にも置けぬ体たらくな人間が
一丁前にコラムなどと世迷言を口にしていたことを一切合財謝罪したい。
この際、『●日に一度は書く』と自身に命じるべきか。

さて、気がつけば6月に突入し、夏がもうすぐそこまで来ている。
私はというと、車検に自動車税、バイクの税金に自賠責と根こそぎ持っていかれ、
もう首も回らぬ有様である。
いやぁ、参った。
ここ数年、貯金など下らぬことはやめて
地域活性のため有り金は使いきるという、
何とも節操があるのかないのか分からない生活を送ってきた。
お陰様で突発的な出費には対応しきれず、乞食の如く日銭を集めては耐えしのぎ、
どうにかこうにか生き長らえている。

私ぐらいの年齢だと、世間ではもう立派な社会人の仲間入りを果たし、
大きなプロジェクトを任され、それなりに部下ができ、
愛する家族ができ、一軒家を購入し、子どもと動物に囲まれて
幸せ溢れる日々を送ってらっしゃるのだろう。
どこでこうなった。
あぁ、同郷の好に合わす顔もなし。

ウッシー
 彩りの巻
大阪の町並みも桃色に映えてきた。
そんな初春の彩りが紺碧の空に飲まれてゆく時の名残惜しさというのは
どこか旅の終わりを迎えるようで妙に寂しくもある。

本当に、驚くほどあっという間に月日が流れていく。
子供のころ、あんなにも大悠に流れていた時間が
今では駆け足で過ぎ去っていく。
今こうして爛漫に咲き誇る桜もいつか散り、
散った桜もいつか風に流され姿を消していく。
それがこの世の道理というものだ。

散財できるほの金はないが
自分なりに充実した日々を送れていると思うし
好きなことや物事、新しいことに恵まれ、刺激的な人生だと言える自負もある。
ところが、こうして一日が終わろうとする時に感じる切迫感みたいなものは
明らかに子供のころになかったものだ。

無限にあると思っていた時間、未来というものが
こんなにも一瞬に、手の届かぬ彼方へ去ってしまうようになった。
春も夏も、秋も冬も、
あと何度迎えることができるのだろうと、辛気臭く考えてしまう。
まだまだ青二才のくせして、何をセンチメンタルになっているのかと笑ってしまうが
悔いのないように生きることは難しい。
しかし少しでも、精一杯に日々を謳歌して、笑って死んでいける人生にはしたいものだ。

ウッシー
 束の間の巻
いやいや、随分とサボッてしまった。
もうこのコラムの存在なんて忘れ去られてしまってるんじゃないか。
せっかく読んで頂いている方がいるというのに何とも不甲斐ない。
意地の悪い女じゃあるまいし、これ以上焦らすわけにはいかぬと
変に意固地になってパソコンの前にこうして座ったものの、
ハッキリ言ってとくに書くネタはなし。
まぁ色々あったといえばあったのだが。

まず直近のニュースといえば、うちのリュウくんの結婚である。
先週末、無事に挙式を終え、晴れて新しい門出を迎えたわけだ。
もちろん我々メンバーも揃って参列した次第だが、
参列者がどうにもこうにも不良ばかり。
そんな、ならず者たちが式中オロオロと涙しているのだから
結婚式というのは面白いものである。

大人ってのは不思議なもんだ。
悲しみの涙よりも、喜びの涙を流すことの方が多くなってくる。
葬式では笑い、結婚式で泣く。
一丁前に人の幸せを素直に喜び、祝ってやれる度量でもついたのだろうか。

とにかく仲間の幸せというのは本当にいいものだ。
本当におめでとう。

ウッシー
 増加の巻
そういえば、訪日外国人が昨年度1900万人を突破したとか。
インバウンドにおけるマーケティングが今後の景気を左右する要となりつつある。

元来より、日本はこのインバウンド政策をずっと行ってきたわけだが
一時期の国際収支黒字に伴い、外貨獲得から輸出拡大にターゲットをシフトした。
しかしまた20ミリオン計画が立ち上がり、インバウンド獲得に向けて奔走しだした。

とはいっても、日本は明らかに観光産業が弱い。
ウィークポイントは多々ある。
世界的に見れば、まだまだ観光後進国なのである。

事実、一昨年の日本のインバウンドが1340万人なの に対して
フランスのインバウンドは8370万人。

なぜこんなにも差があるのか。
答えは簡単だ。
「サボっていた」からである。

フランスに劣らないほど、
日本には歴史的価値のある文化財や、観光資源があるはずだ。

さらに豊富な自然に、四季折々の美しい景観。
真夜中に女性が一人で歩ける治安の良さ。
そのまま飲める水道水、きれいなトイレ。
隅々まで行き届いたインフラ、ネット環境。
24時間営業店舗の多さ。
食事の美味しさ。
住人のマナーの良さ。

これら我々にとってはごく当たり前のようなことでも
ひとたび日本を出れば、これがどれほど恵まれているか実感する。
まさに旅行者の誘致に特化した国。
十分、インバウンド大国になれる余地がある。
サボらなければ、の話だ。

ではこれまで、我が国は外国へのアピールを十分に行ってきただろうか?
文化財保護のための予算なんてものは真っ先に削られ
せっかくの価値が見る影もなくガラクタになり果てる。

市区町村も頭の古い役人ばかりで
もっと素晴らしい部分を世界に見てもらおうという努力すら垣間見えない。
有名な観光名所だからと悦に浸って胡坐をかいているようでは
所詮そこまでの来客しか望めない。
いくら金のなる木があっても、水をやらねば枯れてしまうのだ。

無論、こういった観光産業の穴場を虎視眈々と狙っているビジネスマンも多いのだろうが
莫大な資金、もしくは奇天烈なヒラメキでもない限りは夢のまた夢である。

ウッシー

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