夏影の巻

地球温暖化なんて言われてもピンとこないが、確かに昔はもっと涼しかった記憶がある。
夏の盛りであっても、早朝はひんやりとした空気が山から降りてきて
半袖・短パンの私は朝露を蹴り上げながらラジオ体操に向かったものだ。
日中こそ茹だるような暑さであったが、ヒグラシの声が遠く響く時分には
夏陰が姿を決して、生温かい風を押し流すように涼風が町を駆け抜けていった。


そんな時は決まって、旅の終わりのような寂しさが胸をついた。
当時はそんな旅情めいたものを理解する頭は持っていなかったが
夏の夕刻の、あの途端に表情を変える町の色が何となく怖かったのを覚えている。


風と風の間、鬱蒼とした薮林がふと静まり返り、
その刹那の静寂の隙間におびただしい生き物の鳴き声、慟哭、生命感を感じた。
ところが、その怖さというのは安堵感にも似た、掴みどころのない感情も含んでいて
台風の夜のような、妙な胸騒ぎと落ち着きが混同した、子どもながらに不思議な空間であった。

大人になった今でも、夏の夕暮れ時になると、あの当時の感覚がありありと蘇るのである。
そしてそれらは音もなく、またあの時と同じように東の空へあっという間に消えていくのだ。
あの頃の夏も、今目の前にある夏も、実際は何も変わっていないのかもしれない。
寧ろ、ただ自分が変わっただけにすぎないのだろう。


いつしか大人という狭い枠の中で物事を考えるようになってしまった。
与えられることが恵まれることではない。
かといって恵まれている瞬間は自覚がない。
なんとも難しいものである。


ウッシー

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