連休の巻

世間は大型連休。
長い人だと9連休ぐらいあるだろうか?
エリートたちは挙って海外リゾートへ飛び立ち、バカンスに明け暮れる。
プールサイドで寝そべり、カクテルを舐ぶる。
ゴルフにカジノに女遊び。
貧乏人の僻みはただただ大きくなるばかり。

まぁ、人混み嫌いの私は、わざわざ自分から人の多い場所へ行こうとも思わない。
ましてやGWで人のごった返す場所へ行くなど、飛んで火に入る何とか。
気の合う仲間と、人のいない静かな湖畔で釣りをしながらキャンプでもしている方が楽しいのだ。
ジジイ臭いと言われればそれまでだが、上辺だけ取り繕ったような遊びは昔からあまり興味がない。
「遊びは真剣に」これが私のポリシーである。

現代人は承認欲求と自己顕示欲の塊のようだ。
「誰かに見てもらいたい」「評価してほしい」「自身の存在意義を認めてほしい」
そういった欲求が昔よりもはるかに渦巻いている。
そもそも自慢と承認欲求は全く別物である。
自慢なんてものはただの自己満足だが、承認欲求は行き過ぎると自己否定に成り得る。

たとえばSNSで、自身の投稿に対して大きな反響があると存在意義を大きく認識し、
逆に反応がなかったりすると、途端に不安に襲われ、存在意義を疑ってしまう。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、そういった脳内構造が成り立っているユーザーはいるのである。
実際、「今とても楽しいからSNSにアップする」ではなく、「SNSのネタにするために楽しいことをやる」という
何ともよくわからない本末転倒な構図になりつつある。
これは絵に描いたような承認欲求と自己顕示欲の肥大で、
周りからの評価や目線だけが気になり、人生の本質とやらをすっかり忘れているパターンだといえる。

生き物の存在意義なんてものは大小ではなく、0か1みたいなもので、この世に生きていれば誰だって1なのだ。
それが世界中に必要とされる人物でも、生きる価値のないようなボンクラであってもだ。
1しかないものを、頑張って100にしようとしたりするから余計な悩みが増えるのである。

たかだかSNSの普及で自分の生き方を見失ってしまうのは悲しい。
誰にどう思われるかを先行して考え、共感性を求め、自分の本来の満足を蔑ろにするのは馬鹿げている。
他人のバーターではなく、自分の思うように生きることが「人生を楽しむ」最も簡単な方法ではないか。


ウッシー

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